半兵衛にございます。本日は、
伊達政宗殿を補佐した
片倉小十郎景綱殿のお話しを・・・
秀吉様が
小田原城の
北条氏を攻めたとき、秀吉様の眼は小田原になく、すでに東北へ向けられておりました。東北諸大名の自分に対する態度を凝視していたのです。
『小田原攻撃に参陣する者は帰順したものと認め、所領安堵を約す。参陣しない者は家をつぶし、所領を全て没収する』と決意しておりました。その中でもとくににらみつけていたのが、
独眼竜・伊達政宗殿の動向でした。この危機に際し、景綱殿とともに政宗殿を補佐した伊達成実殿の意見は
『徹底抗戦』でした。政宗殿もそのつもりをしておりました。
しかし、政宗殿はいまひとつ踏み切れなかったのです。そこで景綱殿に
『どう思うか?』と聞くと、景綱殿はすぐに答えませんでした。そのときちょうど景綱殿のまわりを一匹の
ハエが飛び回り、それを手で振り払っていましたが、ハエは一時は遠くに退きますが、すぐ戻ってくるのです。景綱殿は苦笑いし
、『ハエはうるそうございますなぁ…』とつぶやいたのです。
ただそれだけです。が、それだけで政宗殿は景綱殿がいいたいことを悟りました。景綱殿は
『秀吉はハエと同じです。手で払っても何度でもやってきます』といっているのでした。それは景綱殿が自ら収集した情報によって、
豊臣政権は強大なものであり、払っても払ってもやって来るということを知っての、ある種の表現でした。
景綱殿はこうした何気ない
『表現』により、景綱殿より身分の高い者への配慮をしつつ、意見を述べていたのです。
政宗殿は『抗戦をやめて、小田原へ行く』といい、最初の危機は免れたのでした。これは政宗殿が生き残るための一大転機といっていいでしょう。なぜなら、もし小田原へ行かなければ、日本中を敵にまわすことになるからです。事実、秀吉様の東北征服後、他の大名は全部つぶされており、徹底抗戦をしていたならば、伊達家も滅亡していたはずです。秀吉様をハエにたとえた景綱殿の間接諫言は、政宗殿はもちろんのこと、伊達家を救ったのです。
政宗殿の小田原参陣には、生き残るためともう一つの真意がありましたが・・・。それはまた次の機会に・・・
つづく
しかし、そうなったらなったで調略の手が伸びてくるわけで、瓦解後に括弧撃破ってことになるかもしれませんね。
そもそも九戸さんと伊達さんが水平連合は組めないと思うので夢想であります。