半兵衛にございます。
さて小泉首相は自らを
『織田信長』だと称しました。『自民党をぶっ壊す』の名のもとに改革を進めています。最近では
破壊・建設・維持管理とわけますが、戦国期における
『破壊』は
織田信長様、
『建設』は
豊臣秀吉様、
『維持管理』に
徳川家康様とわけますよね?
この中でも大事なのは、やはり何といっても新事業の建設です。秀吉様は、この建設の主力を現場の人々におきました。そのために現場(生産点)の人間のやる気を高めることに異常な努力をしたのです。特に
『気くばり』に抜群のエネルギーを注ぎました。
『功名が辻』では、なにやらちょっと人間としての醜い部分を誇張している感はありますが・・・。秀吉様自身が貧しい農家の出身で、子供の頃から苦労いたしました。ですから、他人の苦労がよくわかりますし、どこを押せば他人が痛がり、あるいは喜ぶかをよく知った、いわば
『人間通』といえるでしょう。
まして秀吉様は、典型的な成り上がり者ですから、部下にも心から心服する者はなかなかいません。うわべは愛想をいって、腹の中では
『この成り上がりのサルめ!』と軽蔑する人間もいました。そういう層への気くばりは、わざとらしいと逆に舐められます。自然にやらなければならないのです。しかし、それには最高の技巧がいります。その技巧を気づかせないための良法というのが、
『ユーモア』です。その『ユーモア』を垣間見れるこんなエピソードがあるので紹介しましょう。
秀吉様があるとき、船で小田原に向かったのですが、ある岬には妙ないい伝えがあり、
『申年の人が乗っていると、その船は必ず沈む』といういい伝えでした。秀吉様には
『サル』というあだ名があるので、船員達は、この岬のそばにくると騒ぎ始めたのです。空模様もおかしくなり波も立って、船員達は
『サルとあだ名のある秀吉様が乗っているせいだ。引き返そう』などと相談をはじめました。
『何をさわいでおる?』と眉を寄せた秀吉様は、家来から理由をきくと笑ったのです。普通であれば、この理由をきくと不愉快になるものですが・・・。
秀吉様は紙と筆を用意させると、サラサラと何か書いたのです。そして船員の長を呼ぶと、
『船員達の前で、これを大声で読み上げ、海に投げ込め』といいました。長がその文面に目をとおすと、
『この岬の掟はよく知っているが、私は特別なサルだから、無事に通してくれ。秀吉』と書いてありました。しかも宛名は
『竜宮城主殿』。これを見た長は笑い出し、皆の前で読み上げると、皆も笑いました。いつしか恐怖心も消えていたのでした。
とまぁ、秀吉様のユーモアで現場の人々の迷信を吹き飛ばしたという話です。が、やはりそうせさせたのは、サルという自分のあだ名を逆用した秀吉様の雅量といえるでしょうな・・・。でわ!